遺言は本当に必要なのか?

法定相続分で相続財産を引き継いだ場合、相続人全員との話し合いがまとまらなければ、預貯金などの払い戻しや、株、車、ゴルフ会員権、不動産などの名義書換えなど、これら相続財産について何もできないということを、第1回でお話ししましたが、そのことからも、遺言を書いて、相続財産を、個々の相続人ごとに、あらかじめ分けておくことで、スムーズに財産を承継させることができるわけですから、遺言の必要性が理解できると思いますが、今回は、さらに、特に遺言が必要な場合を具体例をあげて見ていきたいと思います。

まず、紹介例1「夫婦の間に子供がいない場合」です。
たとえば、夫Aと妻Bがいて、自宅はA名義で,その夫婦には子供がいないとしましょう。
そこで夫Aが亡くなった場合、誰が相続人になるのでしょう?



子供がいないと、第1回の法定相続分の表で見たとおり、相続人は直系尊属になります。その直系尊属がすでに亡くなっていれば、被相続人の兄弟姉妹になります。
仮に、直系尊属である父母がすでに亡くなっている場合は、相続人は妻Bと夫Aの兄弟姉妹になります。
法定相続分は,妻Bが4分の3で、被相続人である夫Aの兄弟姉妹が4分の1です。
そうなると、自宅を妻Bの名義にするためには、夫Aの兄弟姉妹と話し合いをして,その兄弟姉妹の了承を得なければなりません。つまり遺産分割協議が必要になります。

話し合いがまとまらなかったらどうなるでしょう?
自宅以外に現金,預金等の夫Aの兄弟姉妹の法定相続分に見合った十分な資産がなければ,自宅を売却してお金で精算することになりますので、住むところがなくなってしまいます。
もしくは、介護施設に入る費用にあてるために自宅を売却しなければならない場合でも、同じような理由で,介護施設に入る費用が足りなくなってしまうかもしれません。
それは、妻Bにとって,自宅であるにもかかわらず自分の思い通りにならないという,とても理不尽な結果になります。

こうした場合に,まさに、遺言を残しておけばそんなことにはなりません。
では、どのように書けばいいかというと、とても簡単です。
文例は次のとおりです。



パソコンやワープロはだめですが,これをすべて手書きで書けば良いことになります。とても簡単です。
夫Aがこの遺言を残しておけば、夫Aの兄弟姉妹の了承がなくても、残された妻Bは夫A名義の自宅を自分のものにすることができます。そうなれば、そこにそのまま住むこともできますし、売却して介護施設に入る費用を作ることもできます。
夫Aの兄弟姉妹とのトラブルは,妻Bにとって身体的にも気持ちの上でもものすごく辛い負担です。この負担を取り除いてあげる思いやりこそが遺言なのです。


ここで1つ考えなければならないことがあります。
それは,残された家族の生活保障としての遺留分です。
夫Aの兄弟姉妹には,この遺留分はないのでしょうか?
第1回でお話しした通り、これはありません!
遺留分があるのは、子供と年老いた直系尊属である両親や祖父母です。兄弟姉妹は独立して生活しているわけですから、生活保障を考える必要はないということです。それは、いい大人なんだから自分で何とかしなさいということです。

それでは,子供や年老いた直系尊属の遺留分は相続財産に対してどのくらいあるのでしょうか?
基本的には,第1回でお話しした通り、法定相続分の半分です。直系尊属のみが相続人の場合は3分の1です。
ですから,仮に愛人に全財産をあげるという遺言書があったとしても、全財産の半分はその妻や子供達に、生活保障として残ることになります。

次に,紹介例2「息子の妻に財産を贈りたい場合」ですが,
息子の亡き後、その妻が息子の両親の面倒を見てきて、その両親が亡くなった場合、その両親がその妻と養子縁組をしていない限り、妻には相続する権利はありません。
もし,息子の両親が,その妻の行為に報いたいのであれば,その妻のために遺言を残してあげるべきでしょう。

次に,紹介例3「先妻の子と後妻がいる場合」ですが,
先妻の子としては,もし後妻がいなければ,父の財産の全部が、その先妻の子のものになっていたのに,それが半分になったといって,父の死後,後妻との間でトラブルになります。とても悲しいことです。
それを避けるためには,遺言で,例えば,先妻の子には預貯金,後妻には自宅といった形で,きちんと分けて,その理由も書いておくことが大事になります。とくに何故そのように分けたかの理由をきちんと書くことでかなりのトラブルは避けられるのではないでしょうか。

次に,紹介例4「内縁の妻がいる場合」ですが,
内縁関係はたとえ実際の夫婦と同じように生活していたとしても,婚姻届を出していませんので,お互いに相続する権利はありません。そこで,お互いに,その財産を残したいというのであれば,遺言を書くことが必要になります。

次に,紹介例5「相続人が全くいない場合」ですが,
相続人がいない場合,家庭裁判所での一定の手続の後で,残った財産は全部,国のものになります。
国には世話になったというのであれば,それでもいいのでしょうが,国以上にお世話になった人や施設があるのであれば,そのための遺言を残すべきでしょう。
今は「おひとりさま」が増えていますので,特にその必要性があるのではないでしょうか。

それ以外にも,子供より孫がかわいいから孫に財産を残したいとか,商売をしていて長男にその商売を引き継がせたいとか,いろいろな場面で遺言が必要になります。

遺言の必要性を理解していただいたところで、次に,具体的に遺言をどう書けばいいのか?もう少し言えば、被相続人の意思を反映し、その意思を確実に実現するための遺言はどう書けばいいのか?ということになりますが、これについては、次回、お話しをさせていただきます。